オピネルと孔雀の日

15th.08. 2008  by:Y.Yoshikawa

* Le appartement *




そのアパルトマンに引っ越したのは5月14日だった。
ゴメスの友人が見つけてくれたのである。ブロ−ニュの森に近い、高級住宅街16区。道の両サイドにポプラの立ち並ぶアヴェニュ−・ヴィクトル・ユ−ゴに面した、白い近代的な5階建てのアパルトマンだった。20畳はある広いサロン。奥に12畳の部屋が一つ。玄関から入ったすぐの右側に8畳の部屋がひとつ。どの部屋にもグレ−の絨毯が敷いてあった。それから15畳はある白いタイル張りのキッチン。そしてバス、トイレがあった。  僕達は日本スタイルで玄関で靴を脱いで使うことにした。マナルドとゴメスからもらったベッド用マットが三つ、サロンの隅に置いてあった。  
それまで3ヵ所に別れて泊まっていたホテルを引き払い、パリに来て以来初めて9人全員がこのアパルトマンに揃ったのである。



当時山田と僕で9人分の料理を作っていた。台所のガスコンロは当然自動点火しなかったのでマッチを愛用していた。 なぜかフランス製のマッチがあまりなく、イギリス製、スペイン製のマッチが売られていた。 料理は今も大好きで、作曲家になっていなかったらスパゲッティー屋か肉じゃがの美味い和食屋をやっていたかもしれない。

どんな安ホテルに泊まるより、アパルトマンを借りた方が安く上がる計算であった。  
「この部屋俺達で使おうぜ」山田はスタスタと奥の部屋に入っていく。  
「ここはやっぱ天児が使うよな」高田は入り口脇の部屋を指して言った。  
「つうことは俺はここだあ」大声で言うと滑川は、広いサロンの真ん中にドカンとス−ツケ−スを降ろした。  
奥の部屋は山田、小林、小笠原、僕。つまりスタッフ4人の部屋として、入り口脇の部屋は天児の個室として、そしてサロンは食事したり打ち合せをする共有部分でもあり、かつ、滑川、高田、森田、緒方はそこで寝ることになった。  
「いやあ、なかなか良いところじゃないですか」そう言いながら緒方が天児、小笠原とともに到着した。  
「あ、靴ぬいで下さい靴」小林が言った。  
「失敬失敬」天児は玄関まで靴をぬぎに戻った。  
脇の部屋を見つけると「ここいいじゃない。おれの部屋?」高田に言った。  
「そう言うと思ったんですよ」高田は苦笑いした。  
「な−にが思ったんですよだ。コンニャロ」天児はふざけて言った。  
「めしどうすっか−」二言目には山田は『めし』である。  
「ここなら自炊できますねえ−」緒方が言った  
「ならお前つくれよ」  
「いや、そこはほら、うまい人がつくんないと山田さん」わざとらしい口調で緒方が言う。  
「じゃあ、オイ吉川。買い出しに行くぞ、小林も。高田、金!」
 僕と小林はすっかり山田の子分である。山田は高田から100フラン札をもぎ取ると、僕達はメトロ・ヴィクトル・ユーゴまでブラブラ歩いた。アパルトマンの近くは化粧品のポスターでショ−ウインド−を美しく飾ったファルマシー(薬局店)やお洒落な靴屋、眼鏡屋など小さなブティックがいっぱいあった。  
「あ、あそこ、ほら」通りの向かい、メトロの入り口の近くにプリズニックと書かれたガラス張りの店を見つけた。有名なパリのスーパー・マーケット・チェーン店だ。  
「帰りに寄ろうぜ」山田は言った。  
「先に何処か行くの?」  
「ほらー、お前が最初いたホテルの近くに日本食の店があるんだろ」  
「京子?」  
「そう。まず味噌と醤油買わなきゃ」  
「どうだったかなあ?多分あったと思うけど」  
「いってみるべえ」小林は皮ジャンの左ポケットから黄色いメトロの切符を取り出し、右手でピンピンはじいた。
 日本食品の店、京子はパンテオンに向かう、なだらかな坂道を登りつめる手前を右に入った3軒目にあった。  
ショーウィンドーには背中に「祭」と描かれたハッピや、化繊で出来た着物、扇子が飾りつけられてあった。どれも少し安っぽく浅草の土産物売場に並べられているような品で、ゴテゴテと飾りたてられていた。
店内はインスタントラーメンやカレー粉、味噌、醤油。品数は少ないが日本の田舎の雑貨屋のように一通りの物が売られていた。文庫の古本も置いてあった。豆腐やモヤシまである。
店の3分の1のスペースは食堂になっていて、カツ丼や、野菜炒めなど何種類かの定食が食べられるようになっていた。どれも25フランから30フランと、我々にはとても手が出ない値段の書かれたメニューの紙が壁に貼られていた。日本茶にまで2フランの値段がついている。店内の食料品や雑貨も日本の3倍から4倍の値段だ。  
「たっけ〜!たっけ〜!」と僕達は何度も言いながら、しかたなく最小限の物を買い揃えた。  
味噌や醤油の入った袋を手に再びヴィクトル・ユーゴまで帰る。  


当時のヴィクトル・ユーゴでのスナップ。左より小笠原、山田、小林。
近所のプリズニックには新鮮な野菜、肉、日用雑貨、酒が売られていた。赤や黄色のピーマンは日本のメロンより大きく、アスパラは僕の親指より太かった。玉葱は日本の物よりかなり大振りでオレンジ色の網に入って5s単位で売らていた。   
「あれ見ろよ、あれ」小林が奥を指差した。  
そこには茹でられて、毛を抜かれ白くなった豚の頭が6個並べられてあった。どの豚も目を閉じ、口をニッと笑った格好にさせられ、鼻をこちら向きにして置かれている。その脇には、ひづめを手前に向けた足がピラミッド型に積まれている。  
プンと生臭い血の匂いが漂って来た。  
ショーケースの奥ではスラッとしたブロンドのマダムが客の注文に応じて、家庭用のマナ板ほどもある肉切り包丁で、ドスンドスンと肉の固まりを切り分けていた。  
「あそこが肉屋だよな」  
「だよな」山田が答えた。  
「しかしすげえなあ」小林はまじまじと見た。  
僕達は近づいた。  
銀色のバットには、血や内蔵を固めて作った黒や茶のソーセージ、何種類ものハム、透明なゼラチンの中に肉片を固めたパテ、そして一番右には魚の白子のような、フワフワした白い物が入っていた。どれも丁寧に並べられて、デコラティヴにショーウインドーを飾っている。  
「この白いの何かなあ」僕は指差した。  
「これは小さいから牛じゃなくて羊の脳味噌だなあ多分」山田が言った。  
「ゲゲッ!食べれる?」  
「食べるから売ってんじゃないか。それよりほら、そこの黒い固まり」  
「何だありゃ」小林が覗き込んだ。  
「タンだよタン。牛の舌」  
ベローンと黒ずんだ、確かに僕の舌をベローッと出してそれを喉の奥の方でチョン切り20倍に拡大した物がショーケースに飾られていた。  
ムムム〜やっぱ、フランス人は肉を食らう人々なんだなあ。  
表面に血の浮き出た脳味噌や、茹でた豚の頭をショーウインドーにきれいに飾りつけようなんて。それを見て「ンン−美味しそう」と感じる感覚は僕の中にはまったくなかった。  
「ボンジュール」山田がマダムに声をかける。  
「ボンジュール・ムッシュ」こちらを振り返る。  
「え〜、ポー・シュルブプレ」豚肉くださいと言ったつもり。フランス語には聞こえない。  
「??」マダムは怪訝な顔をする。  
「ええー豚肉、ブーブー、わかる?ぶ、た」山田は日本語になっている。手を鼻に当て、ブーブー言って見せる。  
ああ、分かった分かったという顔になりショーケースの中から肉の固まりを出す。  
「コンビアン・キロ?」何キロほしいのと聞く。  
「スリー、いや3(さん)キロ」指を3本出す。  
「OK」ドンドン、と包丁で切って計りにのせてくれる。  
「サヴァ?」マダムがニッコリする。  
「さばさば、めるしー」山田が大きくうなづく。  
紙に包んでマジックで33Fと書く。  
「ヴァラ・オ−ヴァ−・ムッシュー」ハイどうも、さようならムッシュ−と紙包みを両手で渡してくれた。  
「安い安い」僕達は感激する。  
「酒も買ってくか」山田は言う。  
ウィスキーは日本でもなじみのJ&B、ジョニー・ウォーカー、ベルなどのスコッチ、そしてウィリアムペールという見慣れないフランス製のウィスキーがあった。日本の70%以下の値段だ。  
「フランスは酒税が安いんだよ」わけ知り顔で山田が言う。  
「ワインにするか」小林がワイン売場の方に歩いて行く。  
「オウ、これ安いぜ」一本欠けた歯をニッと剥き出して、屈んだままこちらを向いた。オレンジ色した灯油のポリタンク型容器に入った赤ワインがあった。2リットルで2フラン。安い!隣の棚のエビアンより安い。  
「このワイン、水より安いぞ」小林はあきれ顔だ。  
「な、ん、に、も、加工してない水より安いワインなんて、どうやって作るんだ?」僕等は迷わずカートに積んだ。