* Forum des Halles *「チャチャチャ〜・チャチャカチャッチャカララ・リ〜」 広場の隅に置かれた縦長のPAスピ−カ−からYMOが流れる。午後6時30分。本番30分前。 春の太陽が眩しく、レ・ア−ル広場のガラスに反射する。 流しているテ−プには、僕の選んだ日本の音楽が次々入っている。プラスティックス、フリクション、YMO、サディスティックミカバンド・・・ 何だ何だ? という感じで広場に人が集まってくる。 Forum(フォーラム) des(デ) Halles(アール)というのは中央市場跡の再開発地域で、パリの中央に位置する。中庭になっている広場と、滝のような形をしたガラス張りのア−ケ−ド部分しかまだできていない。 最近ア−ケ−ドの内装工事が終わり、中にブティックが多数開店したので、そのオ−プニング記念イベントの一つに僕達の出演が決まったのだ。 広場の回りはまだ工事中のビルが多く、コンクリ−ト打ちっぱなしの未完成のビルの壁には、鞄を持った男や子供達がその壁に真っすぐ立って、つまり地面と平行に空中を歩いているような、シュ−ルでポップな絵が描かれてあった。 左腕のカシオデジタルウォッチの液晶板の文字が7:00に変わった。さあ、パリ公演のスタ−トだ! 100人くらいいるだろうか。音楽につられて人が集まっている。2階にある薔薇色の大理石で出来たテラスの手摺りに、ホラ貝を持った天児が上った。ゆったりした調子で吹き始める。 「ブオ〜ン ブオ〜ン」ダンサ−は頭をまる坊主にして全身〈白塗り〉という歌舞伎で使う水溶き白粉を塗っている。 「ツン」と言う、前の部分だけようやく隠れるようなパンツをはき、ほぼ全裸だ。天児は白い絹のロ−ブを上半身脱いで羽織っている。 3回ホラ貝を吹いたところで手摺りに4人のダンサ−が上った。足に黒い布でおおったチェ−ンをつけ、そこに直径8cmのマニラ麻のロ−プをU字のフックとネジを使って止めてある。 手摺りの高さは約6m。ゆっくりとした動きで背をテラスの外側に向ける。それから徐々に膝を折り体を卵のようにまるめた。僕はそれを確認するとオ−プンリ−ルデッキのスイッチを押した。 「ジュワ−ンジュワ−ン」 パ−カッションやラジオノイズをテープコラ−ジュしてつくったYAS-KAZの『ライオノスフィア−』という曲が流れた。 ジリッジリッとダンサ−は後退りをして手摺りの外に向かう。4人は体を一瞬グッと緊張させると何もない空間に身を投じた。ピンとロ−プが張る。 ザワザワザワッ。広場の観客達がどよめく。 ロ−プのもう一方の端は、主催者が雇ったフランス人の大男が、それぞれ引っ張っている。 小林の合図で徐々にロ−プが繰りだされ、地面から3mの所でいったんロ−プの動きが止まった。 広場の観客は、固唾を飲んで4人の白い背中に見入っている。 ダンサ−は宇宙空間に出て、遊泳する宇宙飛行士よりもスロ−モ−ションで、体を伸ばす。足がロ−プに固定され上から吊られているので、体が逆さまになった状態である。そのまま約5分間空中で踊る。 両手を広げたり、交差したり、背を丸めたり。 白いコウモリのように見える瞬間もあり、ぶらさげられた、ウゴメキもがく動物のようでもある。水面に映った直立する白い彫刻のようにも思える。 音楽が中国の交響曲になった。それを合図にダンサ−は再び体を丸めると、ロ−プが繰り出され地面に降りる。 それまで離れて見ていた人々は、見えなくなってしまったので、ドヤドヤとテラスの下に集まった。ショッピングア−ケ−ドにいた買物客も、いったい何事かと広場に集まって来る。もう300人は超えたろうか? 4人はロ−プを外すと向かい合ってしゃがみこんだ。頭を寄せたり離したり。「呼吸の踊り」というものを始める。音楽はフェ−ドアウトして無音の状態だ。広場はしだいに静まり返っていく。 ![]() photo by Mr. Nojiri フォーラム・デ・アール1980年、公演の様子 「カ−ンカ−ン」 小さく教会の鐘の音が聞こえてきた。隣にあるサントゥスタッシュ教会の鐘の音だろうか。街のノイズがガラス張りのア−ケ−ド越しに小さく聞こえてくる。 4人はゆっくり立ち上がると、その場で足元まである黒い腰布をつけテラスの反対側を目指し、すり足で移動し始めた。そこには高さ1m。8m四方の小型ステ−ジが〈地がすり〉と呼ばれる黒い巨大な布で覆われ設置されていた。 観客達がサアッと道をあける。 ステージバックには直径50cmくらいの雲母を薄く剥いで、全面に張りつけた戸板が8枚。上下に2枚ずつパネル状にして吊ってあった。雲母は黒く鈍く反射するのや、透明で戸板の木目が透けてベッコウのように見えるのがあり、それはまるで巨大な海亀の甲羅の質感である。 両脇には輝く真鍮板が、そして前方下手(シモテ)(舞台に向かって左側)には透明なアクリル板が吊ってある。アクリル板中央には直径1mの紅色の円周が描かれていた。 ステ−ジの手前に浮き島のように小さな台が用意され、上に1枚戸板を置いてある。ダンサーは一度浮き島を目指し集まる。 そこには草色の麻のローブに着替えた天児が、仰向けに横たわっていた。僕のいるミキサー卓の目の前なので、天児の呼吸する腹部の上下動までよく見えた。 浮島を囲んだ4人は手に持った細い真鍮棒で天児を刺すような踊りを始めた。風に乗って白塗り独特の匂いが漂ってくる。観客は彼らをグルッと遠巻きにしている。 4人は戸板の隅につくと持ち上げた。 「ギシギシ」大きく軋みながら天児を乗せた戸板はステ−ジに向かう。 観客もつられて移動する。 「プスップスッ」小さく口を鳴らし、前の人にしゃがむよう観客は注意し合っている。 上手(カミテ)の階段を使いステージ上まで担ぎ上げると、センターで戸板を降ろした。そして手前を高田と滑川が固定し、緒方、森田が奥をグッと起こした。 天児は戸板の上、体を固めている。戸板が垂直まで持ち上がった時、4人はいきなり手を離した。 「バタン」戸板は後ろに倒れ、残された天児は直立する。 と同時に僕はシャクティ−・ウィズ・ジョン・マクラフリンのアルバムより『イシス』をかけた。哀愁を帯びたヴァイオリンソロがフュ−チャ−された曲である。 音楽が始まった瞬間、それまで人形のように硬直していた天児の身体に「フワ−」と生命が甦るのが見えた。 ネットリとしたレガ−トで続く、ヴァイオリンのメロディ−に絡むよう身体が舞い始める。ポリリズムで刻むタブラの波の上を両手が泳ぐ。 時折、後退りして「ドン」と後ろのパネルに当たると、ユラユラ戸板が揺れる。すると表面に張られた雲母板は、玉虫色に輝いたり黒く鈍く光ったりする。 その間ステ−ジ裏で衣装を替え終った4人のダンサ−は、戸板を後ろから押し始めた。パネル全体が前にめくれ上がる。 それを合図に僕はファラオ・サンダ−スの曲をかけた。フリ−なJazzビ−トのドラムスにのってファラオのテナ−サックスが、ペンタトニックスケ−ルで激しくブロウされる。 サックスソロが一つのテーマとそのモチーフを吹き終る時間をかけて、4人は全身をステ−ジ上に現わし、戸板からパッと手を離した。 「バタバタバタン」 グンと勢いよく元に戻るとユラユラ大きく揺れた。みな赤や白に金の刺繍の入った絹のきらびやかな着物をまとっている。 天児以下ダンサ−全員がステージに揃う。フィナーレだ。 ゆっくりと前に出て来る。 天児を除く4人は着物を脱ぐと森田、緒方は真鍮板に向かった。 滑川、高田はステ−ジ両サイド前方まで出てくると、そこに置いてある銀色のアルミニウム製の手回しサイレンを持つ。 森田、緒方は真鍮板を両手で抱えると前後に大きく揺さぶった。 「ビュワンビュワン」板は凄まじい音を立てる。 滑川と高田はサイレンを回し始める。「ウウ〜〜〜」 天児はダンダンダン。ステージ全体、円を描くように動いたかと思うと、アクリル板の後ろにやってきてはロ−ブの袖を口にくわえて脱ぐような踊りをする。 僕はファラオの曲に「キュ−ンヒュ−ン」という鯨の鳴声。地鳴りの超重低音「ドゥ−」という音をかぶせる。 真鍮板を2人は拳でもって叩き始める。 「ゴワンゴワン」激しい危険な音がする。 サイレンからは甲高い唸り声のような音が出ている。フォーラム・デ・アールは渾然とした音の洪水だ。 よし、もう一息ダンサ−をあおってやれ。僕はボリュ−ムをグッと上げた。 ありゃりゃ。何か変な音がするぞ。 ダメダ! 4つ用意してあったスピ−カ−の内、どれか壊れてしまったかも? ボリュ−ムを少し下げてみる。カリカリ変な音が出始めた。何とかごまかしつつ、音楽のト−タルボリュ−ムが極端に下がらないよう、イコライザ−やフェ−ダ−をいろいろさわってみる。 たのむよ−。何とか最後までもってよ−。 どんどん、バリバリ音が大きくなる。 僕の心臓はジャック・ディジョネットのドラムソロよりも速いビ−トを刻んでいる。冷汗が出る。あまりの緊張に吐きたい気分だ。 途中で音がなくなったらどうすんだ? 天児はアクリル板の手前、直立不動になると両手を真っすぐ下にぐっと伸ばし始めた。全身を痙攣させている。 ああ、あともう少しだ。何とかもってくれよ。壊れつつあるスピ−カ−のボリュ−ムを下げ、残りのスピ−カ−のボリュ−ムを上げようとしてみる。 こんなことは初めてで、どこをどう調整すればいいのか瞬時に判断できない。あわててミキサ−の裏側を覗き込む。 ガリガリガリ。目立つノイズがしてきた。 ど−すりゃいいんだ? ど−すりゃ? 指先がふるえる。口の中がカラカラになる。ああもうだめだ! 「ダ・・・・・・・・・・・・ン!!!!!!!」 瞬間、グッと顎を引き全身を硬直させた天児は、姿勢を真っすぐに保ったまま背中からドスン、ステ−ジ上に倒れた。 「ブラボ−」という歓声と拍手が巻き起こる。 終わった〜助かった〜! 広場の観客達は興奮気味に感想を言い合っている。 ![]() 現在のフォーラム・デ・アール。30年たった今もその景色はほとんど変わっていない。 「*****?」 白いモンシロチョウのような帽子を被った女性が僕に話しかける。 「Do you speak English?」 英語で僕は聞き返す。 彼女は少し困った顔になり、隣にいた髭面の男性に何やら話す。 「彼女はあなた達のパフォ−マンスを見て『とても良かった』と伝えてくれと言っている」男は言う。 「メルシ− メルシ−・ボク−」 覚えたてのフランス語で僕は答える。 僕が英語が分かるぞと、男が言ったのだろうか。回りの人がたどたどしい英語で口々に聞いてくる。 「お前のカンパニ−の名前を教えてくれ?」 「最後にかかった曲のレコ−ドは、パリのどの店に売ってる?」 「明日もここでパフォ−マンスをやるの?」 答えられる限り丁寧に答えようとするが、うまく答えが出てこない。何せさっきのアクシデントの動揺がおさまっていないのである。声がうわずる。 30分後。ようやく広場は平静さを取り戻した。 そこにはゴメスをはじめ、マナルド、ミッシェル、弘田さよ、シェム。関係者の顔ぶれがあった。 「私、もうドキドキしちゃったわよ。すごいじゃない!」 テ−プレコ−ダ−を片付けている僕のところに、さよさんが やって来るとそう言った。 「ありがとうございます」そう言いながらも僕は、スピ−カ−のことが気掛かりでならなかった。スピ−カ−だけは日本から持って来ずに、主催者に用意してもらっていたのだ。弁償か? ロ−プを倉庫にしまい終わった小林と山田が広場に戻って来た。 「ねえ小林さん、スピ−カ−壊れたみたい」 僕は精一杯申し訳なさそうな顔をして言った。 「エッホント。そういやパリパリ言ってたけど、あれテ−プのノイズじゃなかったの?」 「ん〜、多分だめだと思うんだよね」 一瞬の間があって真顔で小林が言った。 「そっか−、じゃあさあ、お前が壊したってことにしないで『最初っから壊れかけてて調子悪いから替えてくれっ』て言ってみな」 アアッ・・・・! ああ何て、なんて頭がいいんだ、なんていいアイデアなんだ! 「そうよそうよ。どうせボロいスピ−カ−だったんでしょ」さよさんも加勢した。 「うんまあ、で、どうしよう」 「じゃあ私ついてってあげるわよ」 「ボンソワ−」 僕とさよさんは、ア−ケ−ド街の奥にある管理オフィスを訪ねた。ピエ−ル・デミルという男性が、今回のイヴェントのレ・ア−ル側の舞台責任者である。 オフィスの奥からでっぷり太った大男が出てきた。大型のシェパードが彼にまとわりついている。 さよさんとピエ−ルが挨拶をかわす。 「あなた、大丈夫よキット。この人すっごく上機嫌だわ。さっきのスペクタクル、評判よかったんじゃない」さよさんは悪戯っぽい目をして大声で日本語で言う。 「ボンソワ−」ピエ−ルは僕に握手を求める。随分温かい手だ。 僕は握手をしながら思わずペコペコお辞儀をしてしまう。 「****セ・ビアン**ビアン*****」ピエ−ルの言葉の中で、ビアン(素晴らしい)という言葉が、何度も出て来るのが聞きとれる。 さよさんは本当に困ったという顔つきで、眉をひそめながらピエ−ルに話し始めた。おお、それは申し訳ない。という顔でピエ−ルは大げさに驚いている。 「パルドン、パルドン」ごめんなさいを連発する。 しばらくのやりとりの後。 「吉川さん、新しいのだったらヤマハ?」と、こちらを振り返ってさよさんは僕に尋ねた。 「ええ。ヤマハのスピ−カ−」 「そのヤマハの、ん〜日本語で何て言うのかしら。****?」さよさんはフランス語でピエ−ルに尋ねる。 「ア・ボン・ダコゥ、あっそうわかったわ。そのね、舞台に使う〜アンプリ?ようするに音を大きくする機械の入ったのだったら、用意出来るって言うんだけど」 「あ、ヤマハのアンプ内蔵のPAスピ−カ−ですか」 「そうそれだと思うけど」 「わあ、それならバッチリです」 |