* Arrivee *5月3日。 パリに来て1週間がたった。メトロの乗り方も覚え、買物も何とか一人で出来るようになった。僕達3人は相変わらずホテル・クリュニ−・ソルボンヌに住んでいた。パリに慣れたか?と言うと「ウイ」でもあり「ノン」でもあった。 毎日毎日、次から次へと想像もつかないようなことに巻き込まれ、日々戸惑いは大きくなっていった。 街でジプシ−の子供達にとり囲まれお金をせびられたり。カフェで隣にいたアベックが喧嘩を始めたかと思うと、女性がハンドバッグから取り出したピストルで、いきなり男を射ったり。おまけに市の清掃局は2週間前からストライキに入り街中ゴミであふれていた。 僕達が出発前に〈パリのコ−ディネ−タ−〉と呼んでいた人達に実際会ってみると、翻訳家だったりカメラマンだったり通訳だったり・・・最後にシェムというアラビア人を紹介されたのだが、小さなスタジオのようなオフィスを持っているには持っていたが、本職は保険屋らしかった・・・素人ばかりで、いわゆる興業を手掛けた経験のある人間は一人もいなかった。彼らを通じて新たな仕事が広がる可能性はゼロに近く、それを考えると憂欝になった。 しかしながら毎朝パリパリのクロワッサンを、なじみのカフェで食べる楽しみも覚えたし、時には朝からゆで卵に塩をかけたのをつまみに、ドゥミ−(小さなグラスに入った生ビ−ル)を引っかけることも覚えた。 高田は何処からか大学の学食のチケットを手に入れてきて、僕達は昼をそこで食べるようにした。一食4フラン(240円)でパンはいくらでも取ることが出来た。料理は薄味で、はっきり言ってまずかった。夜は近所で買って来たハムや野菜を昼間取ってきたパンに挟んでサンドイッチを作り、食べた。 薄暗くはあるが、ホテルの僕達の部屋は一息つける唯一の場所だった。 毎朝ホテルから街に出かける時はまだ、自分で自分の背中をエイヤッと押すようなカクゴと緊張感が必要だった。
僕たちが拠点とするパリ市立劇場前の風景。1982年以来、2年に一度、この劇場の稽古場で、何ヶ月もかけて
新しい作品を作り、公演を行い、ワールドツアーをスタートする。ちなみに、左のお城のような建物はマリー・アントワネットが投獄されたコンシェルジェリー。川はもちろんラ・セーヌである。パタパタパタパタ。 小さな黒いパネルが忙しそうに動き、コ−リアンエア−KE901便の掲示板がARRIVEE(到着)に変わった。 オルリ−空港。午前8時20分。今日、残りのメンバ−がパリに着く。あと30分もすれば、税関から出て来るだろう。 「おうパリじゃパリじゃ」 壁の向こうから、ひときわ大きな声が聞こえてくる。大道具の山田の声だ。 間もなく、まさにドヤドヤドヤ〜という感じで、6人の男どもが白いついたての向こうから吐き出されて来た。 物凄い量の荷物である。 大きな木製の茶箱が6個。(1.4m×1m×0.8m)これには舞台衣装が入っている。大型のス−ツケ−スが12個。免税の酒やタバコを入れたビニ−ル袋に、機内持ち込みの手荷物の鞄がカ−トに山積みになっている。 「よ−、元気か?」 滑川(ナメリカワ)が僕らを見つけると手を上げた。 荷物を空港ロビ−の中ほどに集めると、その周りにみんな集まった。 ぐるっと荷物を囲んだ中でも、ひときわ背が高いのが、ダンサ−の滑川五郎である。28才。イ−スター島にあるモアイ像そっくりの顔。泥鰌のような口髭を生やしている。今日は先がとがった魔法使いのような白いエナメルの靴をはき、首にはピンクの派手なスカ−フを巻いている。 「うまく進んでる?」滑川は高田に笑いながら尋ねた。 「ん〜。マアマアこんなもんじゃないの」高田はヘラヘラ笑いながら答えた。 「コラッ!ちゃんとやってたのか〜」 天児がキッとした表情で怒鳴った。が、すぐ笑顔になって「吉川、ちょっと紹介するよ」と僕の方を振り向いた。 この小柄な男が山海塾のリ−ダ−天児牛大である。 横須賀生まれ。30才。山海塾の振付は全て彼が行っていて、衣装、舞台装置、音楽、あらゆる部分に細かな配慮とこだわりを持っている。 アイスブル−の真新しいジ−ンズ。糊のきいたスタンドカラ−の白いシャツ。白いコンバ−スのバスケットシュ−ズ。 彼の横に痩せ型の男が立っていた。 「照明の小笠原さん」ハスキ−な声で天児が言った。 「小笠原です。よろしく」目尻にしわをクシャクシャッとよせ、爽やかな声であいさつをする。 「あ、PA(音響のこと)の吉川です。よろしくお願いしま〜す」僕はピョコンと頭を下げた。 小笠原はキクチタケオのクリ−ムイエロ−のジャケットを、ダンディ−に着こなしている。 「いやあ、わしゃ疲れた疲れた」 山積みになった荷物の向こう側。山田が大声で吠えるように言った。山田は顔中の髭を、まるでライオンのたてがみのように、伸ばし放題伸ばしている。とても28才には見えない。眠そうに目を何度もこする。彼は大道具のスタッフ。中肉中背。典型的な日本人の胴長短足体型である。 チノパン(というかこの人がはくと、ただのベ−ジュの作業ズボン)をはき、そしてシャツ。(Tシャツではなく、本当のグンゼの下着シャツ)〈SANKAIJUKU〉のロゴは入っていないが、高田や森田と同型の皮ジャン。足元は、あろうことか黒足袋に雪駄をはいている。 「森田、お前フラン持ってっか? タバコ買いたいからちょっと替えろよ」山田はそう言うと、財布から千円札を取り出した。 「今レ−トがわかんないから取りあえず、フランで貸しときましょうか」 「あっそっ。んじゃあ後で両替したら返すからよお。お前ちょっとタバコ買うのつき合えよ」 山田と森田は近くの売店までタバコを買いに行った。 空港ロビ−のフロア−を山田が歩くたび、雪駄がペッタンペッタン大きな音を立てる。坊主頭のダンサ−も、このロビ−で視線を集めてはいるが、それに負けず劣らずの格好である。よく通関できたものだ。 「高田さん、ホテルは市内なんですか?」緒方が高田に尋ねた。 「ああスッゴクいいホテルだぜ」天児、滑川と話し込んでいた高田はめんどくさそうに答える。 「そうですか、それは楽しみだなあ」 緒方は高田の返事を真に受けて言った。5人いるダンサ−の中で一番新入りである。ついこの間まで福岡の大学に行っていて、数ヶ月前に山海塾に入ったばかり。細いフレームの銀縁眼鏡をかけている。 高田はマジメくさった顔で天児に、パリに来てから今日までのいきさつを報告していた。滑川も手帳に電話番号など書き取りながら聞いている。 5、6分立っただろうか。 じれったそうに「おい。もうそろそろ行こうぜ」山田が雪駄をパタパタいわせながら言った。 「オウ。行こうジャ〜ン」 1本欠けた前歯の所にタバコを挟み、スパスパ吸いながら小林が言った。 2人は4台のカ−トを片手ずつ両手で器用に押し始める。 小林は映画監督気取りで、レイバンの黒いフレ−ムの度付きサングラスをかけている。紺の作務衣に黒いジ−ンズ。これまた山田と同じく黒足袋に雪駄ばき。26才の舞台監督である。 「じゃ詳しいことは、またホテルついてからにしようか」 天児もそう言いながらカ−トの前に行った。 ぞろぞろペッタンペッタン。 9人の男達がオルリ−空港ロビ−を歩く。5人の坊主頭に雪駄ばきの2人。ダンディ−な照明マンと僕。 全員集合だ! |