* Nancy *
午前5時50分。 約束の時間より20分遅れて男は、ホテルにやってきた。 今日は彼、マナルドと、ミッシェルという女性カメラマンといっしょに、ナンシ−まで演劇祭の会場の下見に行く予定である。 4月のパリの朝はまだ肌寒く薄暗い。ホテルから出て空を見上げると、ボンヤリ月が空に残っていた。 つい4日前まで、地球の反対側で送っていた日々の生活が、幻のように思える。サンジェルマン通りまで出ると、近くの公園の雀がチュンチュンうるさいほど鳴いている。ヒュン。黄色いライトを点けたシトロエンが、目の前を過ぎて行く。 通りを隔てた大きな ポスタ−塔には、もうすぐ封切になるベッド・ミドラ−主演の映画〈ROSE〉のポスタ−が張りつけてある。 そのポスタ−塔の前に、カチカチ、駐車ランプを点滅させた黒のルノ−・サンクが、止まっていた。 口髭を生やし、頭頂部の禿げた栗色の長髪のマナルドは、薄鼠色の皮ジャンパ−を着ていた。30才前後だろう。 コンコンと車のウインド−をノックし、ミッシェルに合図する。 「ボンジュ−ル」ミッシェルは助手席から降りてくると、挨拶した。 おかっぱ頭の真ん中をゴムで束ねて、ちょんまげを結っている。パステルカラ−の、ありとあらゆる色がマダラになった派手なスパッツに、白いブラウス。黒いフワッとしたブルゾン。足元を見ると裸足で、赤い花緒に黒塗りのポックリ下駄をはいている。すらっとして、一見お洒落な雰囲気なのだが、とてつもなくアンバランスなファッション。27才くらいだろうか 「ナンシ−には昼には、つけます」 変なアクセントの日本語でマナルドは言った。 2人は以前東京でアテネフランセの教師をしていた時、山海塾を知ったのだそうだ。ゴメスの友達である。今はマナルドは 通訳。そしてミッシェルはカメラマンをしていると言った。 我々は狭いルノ−の後部座席に乗り込むとナンシ−に向かった。 20分も走ると、パリ市内中、延々と続く6階建てのベ−ジュの古い建物が切れ、広々とした郊外の趣になる。 これからオ−トル−ト(高速道路)A4を東に、ドイツ国境近くまで、ひた走るのだ。うねうねと続く麦畑の中を、オ−トル−トは、ほぼ真っすぐ走っている。教会を中心に美しく整った街が、現われてはあっという間に過ぎてゆく。何の花だろう。一面黄色でうめつくされている。本当に目に見える範囲。地平線まで。 初めて見るフランスの田舎の風景は想像を絶する美しさで、見惚れていたのだが1時間もするとさすがに、あまりの単調さに、うとうとしてしまう。 と、道端にトレ−ラ−5個分もあるピカソの抽象画のような看板が現われた。 「あれ、なに?」 「あれね。ドライブ眠くなるでしょ。見ると、びっくりします」ミッシェルが、後ろを振り返って、答えた。 「ああ、眠気ざましなの」 「そう、ネムケ・・・ウイ」ミッシェルはうれしそうに、うなづいた。 マナルドは時速130kmでビュンビュン飛ばすが、時折ベンツやポルシェがもの凄いスピ−ドで、抜いて行く。左のウインカ−をカチカチずっと点けっぱなしにして抜くのが、こちらのル−ルなのだそうだ。
11時前にナンシ−に着いた。モ−ゼルワインで有名なモ−ゼル川の流れる街だ。 さっそく僕達は、案内され会場に向かう。それはとてつもなく巨大な倉庫だった。普段はワイン倉庫だったりするのだろうか。扉を閉めると、中は真っ暗になる。ヒンヤリとしている。この中にステ−ジを組んで公演をやる予定だ。けっこう大変そう。 普通の劇場だと、ライトを吊ったり暗幕を吊ったりするための通称〈天場〉と呼ばれるものがあるのだが、ここには何もない。要するに巨大な空間があるだけで、そこにパイプや鉄塔でもって、適当なサイズの天井裏や、舞台のそでや、つまり通常劇場では目に映らない場所までも、全部わざわざ作らなければいけないのである。 会場には、すでにパイプで組まれた仮設の客席が運びこまれていた。800席分の椅子のかたまりが、チョコンと小さく見える。 「こんなでかい所で、やるの」 森田は高田に舞台図面を見ながら言った。 高田は「ア−、ウ−」と言いながら、フランス語と英語と日本語でもって、マナルドに伝える。マナルドはそれをフランス語でフェスティヴァルの主催者に伝える。2人はしばらくフランス語で喋っている。 やおらフランス語と英語と日本語でマナルドは高田に伝える。 「だってしょうがないじゃん。こっちから送った図面でやれる会場捜したら、ここしかなかったんだってよ」 「だけど、あの図面は日消ホ−ルの時のやつで、もう少し小さくすることできるのに。ここじゃ、いくらなんでも広すぎるんじゃない」森田と高田は言いあってる。 もう少し小さな会場に変われないか高田がマナルドに伝える。時々僕が英語で補足する。伝言ゲ−ムのようなことを小一時間やった末。ここより小さい場所では、照明などの設備が整わないことがわかった。 仕方なく場所は変えずに、パイプや幕を追加してもらうことで話がついた。日本では、行ってみると会場が小さくて困ることはあったが、大きくて困ったのは初めてである。 肝心の僕達の出演についての返事は、あいにくプログラムディレクターが外国に行っていて不在。多分やれると思うけど、正式には返答できないと言われてしまった。フェスティヴァル開催まであと2週間しかないのに、何という曖昧なことであろう。 打ち合せを終えた僕達は、会場の回りをうろついてみることにした。近くにかなり大がかりな移動遊園地があった。平日なので人もまばらだ。 お決まりのメリ−ゴーランドや観覧車の奥にこの遊園地の呼び物「TOKAIDO EXPRESS」という名のジェットコ−スタ−があった。浅草、花屋敷のジェットコ−スタ−くらいの小規模な物なのだが、大きな大きなバックパネルに日本の風景画が描かれていて、そこには、富士山(フジヤマ)をバックに3人の踊る芸者。その間をド−ンと突き抜ける、妙にエキゾチックなデザインの新幹線。その手前に菅笠をかぶった男の乗る牛車。脇には五重の塔や、奈良の大仏が、北斎っぽい浮世絵タッチで丁寧に描きこまれている。 ジェットコ−スタ−のレ−ルを支える支柱の上には、紅白のボンボリがついていて 「日今に」とか「安日る」 メチャクチャな日本語が書かれてある。 パネルの絵を見て、マナルドとミッシェルは、大喜び。 「日本なつかしいです。セ・トレジョリ−」ステキだわと言ってはしゃぐ。 これが日本か? 外国人に日本のイメ−ジを聞くと「フジヤマ、ゲイシャ、シンカンセン」というステレオタイプな答えしか返ってこないという話を、知識としては知っていたが、こうも具体的にはっきりと絵に描いて見せられるとギョギョッとしてしまう。 欧米から輸入した近代テクノロジ−と、アジアの土着的で神秘的な文化が、ごちゃ混ぜになった不思議で変てこな国なんだなあ、日本て。 オ−トル−トA4を再び走り、パリに戻ったのは夜の8時だった。まだ陽は沈んでいない。 パリに入る少し手前。車は小高い丘の上を通過した。 そこからの見晴らしは素晴らしく、ラ・デフォンスの真新しいビル群、艶消しの焦茶のエッフェル塔、巨大なガラスの塔であるモンパルナス・タワ−が一度に目に飛び込んでくる。 陽の光を反射し高層ビルの窓ガラスがキラキラと輝く。 ちょうど、少し赤みをおびた太陽が、西に傾き始めたところだ。鮮やかな新緑の森が、カ−ペットを敷き詰めたようにパリ市内の手前まで続いている。ヴァンセンヌの森だ。右手の小高い丘の上には白く光るサクレク−ル寺院のド−ムが見える。 ポワポワッとしたシュ−クリ−ム色の雲が、地平線近くに羊の群れのように、かたまっている。道路脇の一面の麦の穂は、気持ち良さそうにサワサワ、そよいでいる。 僕は車のサイドウィンド−を少しく開けると外気をいれた。爽やかで甘い風が頬をなでた。 |